音楽には縁のない両親でしたが、小学1年生の時にヤマハオルガン教室に入会させてくれました。
住んでいた団地の集会所で開催されており、集会所には10台弱のオルガンが置かれていたと思います。
そのオルガンの中には、足踏みオルガンもあり、レッスンの中で、先生の「さあ、オルガンを弾きましょう」の声で、まるで、駆けっこのよーいドンのように、オルガンに向かって走ったことを覚えています。
足踏みでなく電気のオルガンをゲットするためです。
私は、スローでおっとりしているので、足踏みオルガン率が高かったです(笑)
その時の母のことを思い出します。
子どもに「あのオルガンをとりなさい」と指示するお母さんが多かった中で、何も言わず見守っていました。
その時は、「私の母は何も言ってくれない」と思ったような気がしますが、大人になって振り替えると、賢明な母だったと思い、感謝しています。
ヤマハオルガン教室のテキストは、こちらでした。
導入期の永遠のベストセラー。「オルガン」というタイトルが当時を物語ります。
テキスト以外にレッスングッズの入った缶がありました。
缶のふたの裏に大譜表があり、小さなマグネットを使い、音符の勉強をしました。
娘たちがヤマハの幼児科に通った時も、同じマグネットがあり懐かしかったものです。
ヤマハオルガン教室を2年で終え、次は小学校で開催されていたカワイオルガン教室の上級科へ。
2年で修了。いよいよ、個人でピアノを習うことになりました。
住宅事情も経済的にも厳しかったですが、無理をして両親は私にピアノを買ってくれました。
今の私があるのも、両親のおかげです。
受験中の休みはありましたが、その後、高校3年の夏までレッスンを続けました。
ずっと続けていましたが、10代の頃はピアノの道へ進む気はなく、その頃なりの夢がありました。
大学受験の紆余曲折を経て、短大の英文科に進み、マンドリンクラブに入部。
アンサンブルの喜び、舞台での感激を知りました。
短大卒業後、会社勤めし、社会体験。いろいろ学びました。
同時に、エレクトーンを習い始め、演奏グレード、指導グレードを続けて取りました。
指導グレードを取る頃に、ピアノのレッスンも復活。
結婚と同時に、ヤマハエレクトーン教室の資格をとり、指導し始めました。
その後、ピアノのグレードもとり、ヤマハピアノ教室として、スタートしました。
音大には進みませんでしたが、こうして大人になるまで、それからもずっと音楽がありました。
ヤマハピアノ・エレクトーン教室の講師研修ももちろんありましたが、音大を出ていない分を埋めていくような気持ちで、
指導のための本もたくさん読み、いろんな勉強をしました。
娘たちが小さい頃は、通信教育。
娘たちが小学校にあがってからはエレクトーンやピアノのレッスンも復活し、いろんなセミナーを受講しました。
ですが、いつも何かが足りない・・・不安を抱えていました。
2002年、近くの楽器店でのセミナーのチラシに目がとまりました。
「ピアノランド 二段階導入法セミナー」
ちょうど、プレピアノランド①~③巻の発刊記念セミナーでした。
ピアノランドという楽譜は知っていましたが、私には使いこなせないと思って使っていませんでした。
感動の3回シリーズのセミナー後、もっと深く学びたい人は勉強会に参加するよう勧められました。
とても勇気がいりましたが、「恥をかきましょう」というピアノランドの著者である樹原先生に背中を押され、参加を決意しました。
今、教えることを楽しく、ピアノを楽しく感じられるのは、この勉強会のおかげです。
先生のおっしゃる通り、恥をかきました。一方通行のセミナーとは違います。
熱心な仲間たちと共に悩み、共に成長し、勉強会後も長く深いお付き合いとなりました。
それは、ピアノだけでなく、生きていく力、財産となりました。
ピアノランド勉強会
ピアノランドコンサート
コード勉強会入門編
コード勉強会 初級編
コード勉強会 中級編
聴きとり術
こころの小箱
マスターコース修了
ピアノランド女神山合宿参加
いくこ先生とは、2005年、ピアノの即興セミナーで、たまたま隣に座り、その日のうちに意気投合。
偶然同い年で、ほとんど同じ年頃の娘が二人。
私のピアノランドの話に耳を傾けてくださいました。
気さくで楽しいいくこ先生ですが、お付き合いしていくうちに、すごいレベルの先生だということがわかってきました。
演奏について悩んでいた頃「私にピアノを教えてほしい」と頼んだところ、快く引き受けてくださいました。
レッスンで言うべきことは言って、友達関係も損なわない、懐の深い、器の大きい方でした。
いろんな優秀な先生にピアノのレッスンを受けてきましたが、
ピアノが、こんなに楽しい、好きになるレッスンは初めてでした。
鍵盤に触れた指先から「好き」という気持ちが全身に広がり、
こんな風に、生徒に教えたいと強く思いました。
出会う前に受けていた手術。
再発。
大変だったはずなのに、ぎりぎりまでレッスンをしてくださいました。
最後のレッスンの日のことは一生忘れません。
まさに文字通り、命をふりしぼるように教えてくださいました。
2009年 永眠。
いくこ先生のピアノへの思いは、たくさんの生徒さんたちや私を含めピアノ講師仲間にも伝わり、生きています。
ピアノランドマスターコースで知り合い、今もお世話になっているJun音楽教室のじゅんこ先生に「ぴよさんが絶対気に入る先生」と紹介していただいた高田美佐子先生。2016年、大阪で先生のフォルマシオン・ミュジカルの講座が開催され初めて出会いました。その後、2020年、コロナ禍でリモート講座を受ける機会が増え、講座での先生の即興演奏がとても素敵なので、即興演奏の個人レッスンを受けるようになりました。それからフォルマシオン・ミュジカル1年生の講座が始まり、たくさんの仲間と現在3年生の講座を受講中です。「音楽で音楽を教える」は美佐子先生からの学びで、即レッスンで使える内容でインプットからのアウトプットで力をつけ、生徒たちへの手応えも感じています。
へパーデン結節は、日常生活にはあまり問題は無くとも、ピアノを弾いていると指に激痛が走ってしまい練習が苦痛でした。整形外科の医師には、ピアノをやめるように言われショックだったことを覚えています。2022年には肘関節骨折靱帯損傷し、術後の痛みも長引き、演奏困難でしたが、お豆奏法と出会い、へパーデン結節の指は全然痛くなくなり、肘の方はリハビリになったと感じています。これまで、難曲と思って諦めていた曲も、弾いてみようと思えるようになり、指だけでなく心も緩み、解放されました。
お豆奏法については、メニューのお豆奏法をご覧ください。
ひよこ音楽教室 てらしままさこ
全日本ピアノ指導者協会会員
元ヤマハピアノ・エレクトーン教室講師
『ピアノランド』勉強会
以下のたくさんの勉強会を20年以上続けてきました。
ピアノランド勉強会
ミュージック・マインド・ゲームズ unit1 unit2修了
ミュージックベル指導認定講師
ツナガリMusicLab認定教室
フォルマシオン・ミュジカルを
現在、即興演奏と共に高田美佐子先生に学び続けています。
舘えりな先生「お豆奏法」継続勉強会修了
現在、マスターサロン会員
お気軽にお問い合わせください